当時の作文を読んで分かる「フジタコウヘイ」の世紀末的文章力。

      2018/03/30

こんにちは。

私は当時、「文章を書く」ということに関して、極めて嘆かわしい状態だったようだ。

*******************************

先日、埼玉県の実家に帰るや否や母親に「あんたの部屋のいらないもん全部捨てて、いるもん全部大阪持っていって」と言われた。

というのも、弟が今年に入って突然の入籍宣言をしたかと思えば、めでたく子供も授かることになった。それに伴って、嫁&子供と一緒に実家に住むことになったらしく、私の部屋を消し去ってほしいとのことだった。

まだまだ経済力のない弟のためである。しぶしぶ自らの手で部屋の大掃除を開始した。

モノには執着しない性格なので、当時使っていた野球道具、学生時代の思い出の品、当時大切にしていたエヴァンゲリオンのフィギュア達をドンドン捨てていく。

大掃除も終わりに差し掛かった時、中学1年生のときに書いたクラスの文集が出てきた。

クラス全員の「今年の思い出」が書いてあったり、クラスの「なんでもランキング」みたいなものがまとめられている。

今思えばなんとも滑稽な書物である。

パラパラとめくりながら思い出に浸っていたが、自分のページを目にした瞬間、天地が逆転するような衝撃を受けることになる。

それなりに部活も頑張っていたはずなのに、一年間で一番印象に残っていることが期末テストというチョイス。

「始まっちゃったら余裕」とか「点数採れてよかったんですけど」とか、イラっとする言葉たち。

「一回目」とか「二回目」とか「三回目」とか出てきすぎて、よくわからん文章。

そしてなにより、右側に鎮座する哀愁漂う人(おそらく自分)。死んだ魚のような目と悟っているかのような表情。まさに菩薩。

このキャラクターは今度Tシャツにしようという話まで出ている。

当時、作文を書くのが死ぬほど嫌いだったが、今だから分かる。このクラスで一番おもしろいページを作っていたのは紛れもなく私である。

そんな私が現在ライターという職業に興味を持ち始めているのだから、人生は何が起こるか分からない。だから面白い。

この記事を読んでいるあなたも、なにか辛いことや悲しいことがあったら、この画像を見て思いだしてほしい。

「こんなクソみたいなやつもどっかで生きているんだな。。。」と。

 - 戯言

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。